SECONDSTAGE

H.H.G

2018.01.14 H.H.G

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今日も全力のH.H.Gでございます。

服の話ちゃうんかい!とならないよう無興味の場合はここでスルーのほどよろしくお願い申し上げます(笑)

いきなりなんのこっちゃ、な題名の本で恐縮ですが、

古代文明を調べていくとどうもいくつか謎な点がありまして、そのひとつは重力。

巨石建造物に巨人伝説、重力についてなにかヒントがあるのではと、

アインシュタインも質量によって時間と空間が歪むという表現をしているし、

ガイアの法則でもそれを裏付けるように質量をもった意識帯のスピンによって空間が歪むということで、うんぬん。

クライミングに活かせるのではという淡い期待を胸に読破したのですが、

登りにはさほど活かせそうにもない内容でしたが、

人生の知識としては飛び道具ならぬ、ぶっ飛び知識としては大満足な内容でした。

僕たちは何か大事なものを忘れてしまってないかい。とあらためて問われているようです。

どうも頭でっかちな科学という物差しのお陰さまで、現代文明が地球誕生以来、

一番高度で優れた文明だという勘違いをしているようでなりません。

科学で説明できない事象は、非科学だ、そんなものありえない!!と存在すら否定する始末です。

重量が2000tある人工的に造形され運ばれたであろう巨石が数百メートルもある山の山頂にあるとしても、

NASAのロケットを運ぶためのクレーンでもせいぜい500tを運ぶのが限界なので、

その山頂にある巨石は人工の岩ではない、という結論になるということです。

現代文明の限界を出しても運べないものを古代人が運べたはずがない、という理論が前提です。

空中浮揚なんて言ったら、オカルトだー!となるようです。

どんまいです。

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こちらは古代文明や古文書関連で、

この著者の竹内文書関連の本を読むのは2冊目だったのですが、

自分の足で世界を見聞して回られたということもあり、

どちらもおもしろくて日本史に対する自分の見解を深めてくれました。

たまたまですが気がつくと最近ヒカルランドばかりです。

古代の歴史を知れば知るほど未来のあるべき姿が分かってくるようで、

また温故知新を実感しております。

最近はどの本も読むたびに度肝を抜かれる内容の連続なので、

少々のことでは驚かない、動じないタフな精神力が身についてきたような感じです(笑)

次はカタカムナの本読んでおります。なかなかおもしろいです。

最近よくおもしろいこんな質問するんです。

“自分(あなた)は、どこからどこまでが自分(あなた)ですか”って意地悪じゃないですよ。

結構真剣に悩んだりして、当たり前のことのようで意外と答えるのが難しくてもどかしい質問です。

この手は自分? いや、自分の手。

この足は?胴体は?脳は? 自分の足と胴体と脳。

汗は?涙は?血液は? 自分の。

川に流れている水を眺めている時は自分の前を水が流れている。

その水をすくって飲んだらどうなるかというと、

飲む前までは明らかに自分と水の間にははっきりとした境界線があるように感じたけど、

飲んだその水が自分の体内で水分となって身体を構成する大切な一部になったような感覚で、

飲む前の水と自分というはっきりと区別できた存在じゃなくなっている。

目の前に鶏が一羽いて、いただきますと食させていただいた場合はどうかなと、

自分と鶏のはっきりと分離した関係から、

血となり肉となり、またまた身体の一部になって、普段自分と認識するその身体の一部となって、

もはや食べる前と後とでは境界線があやふやになってしまったのではないでしょか。

自分という人間の命が尽きた時、必ず土と大気に返るはずですが、

生きている間は自分が踏んでいる大地と自分と認識するものの間にははっきりとした隔たりがあるのに

死んで土と大気に返った時はどうでしょ、どこからどこまでが自分なの??

土と大気は自然です。ようは自然に返るということで、

返るというのはもともとの場所に返るから返るということです。

返るとは循環だとするともっと話は続きます。。

で、どこからどこまでが自分なの??と、そんな境界線は無くて、

便宜上自分という認識の皮膚の内側を自分、皮膚の外側をそれ以外としているだけじゃないでしょか。

変な質問に変な答えで申し訳ございません。

また自分は意識そのものですと答えると、では意識はどこに?脳に?身体から離れた空間に?

意識というものがあるのならそれには質量があって、それは21gというそんな映画がありました。

色々と現代文明の中では物事はすべて直線的なものとして考えてしまうのですが、

(たとえば生まれて(始まり)→死ぬ(終わり)のように)

自然界ではすべて巡っているという考え方をすると、きっと物事の見方も変わるはずだと思います。

これからの時代はさらにワンネスの実感があるの(人)とないの(人)とでは天と地との差が生まれてくるような気がします。

自然や地球から沙汰されないように丁寧に生きていきたいものです。

そんなお話でした。

自分なりに今回もかなり振り切ったH.H.Gの内容を書いたと自負しております(笑)

ここまで振り切ったら逆に清々しいくらいの内容でした(笑)