SECONDSTAGE

H.H.G

2018.06.15 H.H.G

自然の中にいると

普段何気なく過ごしている中での不自然に気づくことが結構ありまして。

自然な中にいると身も心も自然と調和するような感じがします。

都会や街から教わったことはといえば人ごみのしんどさと無関心のこころ。

自然から教わることは今のところ無限大です。

教わりきれる気がまったくしません(笑)

最近は些細なことなんですが、

木陰で十分涼しくて休憩も心地いいし、昼寝にも最適なのに

街中では冷房だらけ。

日陰と風が充分な涼しさを生み出してくれるのにって、些細なことなんですが。

冷房っていうか、電気。

ミシン使うとき以外電気っているかなぁって、いるか(笑)

 

で今日はまじめな服の話。

服って、今の時代はファッションっていうほうがいいような気がするのでファッション。

なんでみんながんばってお洒落して、競って、自己主張するのかなぁと。

それは全部エゴであって自我なんです。

それはたぶん、裸の、ありのままの自分に自信が持てていないからです。

そうじゃない、エゴじゃない、自分に、裸の自分に自信を持てている人もたくさんいます。

そんな人たちも服は着ます。でもファッションじゃあないです。ただ服を着るんです。

服って、何ですか。

女性の場合は男性とは少し違う、異性に魅力的に見られるようにっていう、また別の認識がありそうですが、

男性の場合ってそうじゃないはずです。

着飾るのは違います。

いやいや、昔からかっこいい服着て女性にモテたいとかあるでしょ!!ってなると思います。

でも、もう一段上がらないといけない話をしております。

正しくは最初はそうじゃなかったはず、です。

原始的なことをこの時代に言うのは違うとなりそうですが、物事はシンプルに考えるのが一番かなと。

本質、本流からそれて歪んだ認識の中で物事を捉えている、その状態がこの時代当たり前すぎて疑わず流されるまま、

本質、本流かそれていることに気づくことなく過ごす人も多いのではないでしょうか。

衣食住、服に限らず、食べ物もスーパーに並ぶ野菜も住む家も何もかも。

元の正しい形から大きくゆがんでしまっているのが現状です。

だから気づいた人からいち抜けたって、服でも食べ物でも、住む場所も、いち抜けたしているのが今の時代、これからの時代。

僕はファッションや流行について、話すことは何にもありません。

本屋は毎日のように行くのにファッション雑誌コーナーは素通りです。邪魔です。まだそんなこと言ってるの?って正直思っています。

ファッション否定派というか、否定すらしていまいですよ、そんな認識はどこかにポイっと捨ててしまうのがいいんです。

真ん中で調和をとって、ありのままがいいんです。

服だけでいうと、お洒落をしなくなったら一段階ステップアップした証です。

そうは言っても、ステップアップしても服を着ないということはないんです。たぶん(笑)

でもファッションからいち抜けたして服を楽しむという方法もあるんです。

その後は服の見方が違っているのが分かります。

いる服といらない服がはっきりとするんです。

僕の場合は”ただただ服を着る”っていう感覚です。

あと他人の目を一切気にしていないです。

一ミリもです。またまたぁ~って言われそうですが一ミリもです(笑)

滅多にないんですけど女性とデートの時にももちろんくったくたのビーサンで行きます。

自分が心地良いって感じる周波数を誰でももっているので、服の色柄には好みはでます。

クライミングやアウトドア好きなので素材だって用途に応じたりします。

でもファッションじゃない、リアルな服としてです。

それには他人にどうみられるだとか、誰よりもお洒落になるだとか、そんな競争心や相対的な見方や考え方をポイ捨てて

自分に、裸の自分に自信を持って生きるってことが大切なんだと思います。

まだまだ服をはじめ、衣類について自分の考えていることはたくさんあって、話し出すと止まらないのですが、

SECONDSTAGEの段階ではこれが限界です。

たまには服の話もするんですよ。