ONENESS

H.H.G

2018.10.08 H.H.G

H.H.G

 

久しぶりのH.H.Gです。ひとりごとあんまり喋ってなかったので沢山あるんですけど。最近は今までとは少し違う角度で服とかモノとかと向き合っている感じなんですが、ソフトな面でもちょっと違う角度で考えるようになってまして。それは”誰の為”という点です。エゴなのか誰かの為、奉仕的なのかどうか。両方のバランスが大切なのか、エゴはゼロが理想なのか、まだまだ答えを出すのが難しいんですけど、両方をバランスじゃなくて調和させられたらなと、ハーモニーのほうで。バランスじゃなくてハーモニーのほう。自分の為に、まだまだ服も人生の楽しみのひとつとして向き合っていくものの、自分の為に、っていう限界も感じています。もう十分自分の為にやってきたので、今度はこの経験を誰かの為に役立てられたら、役立ててもらえたらと、いただいてきたものを今度は還元できたらと、そんなスタンスでONENESSでは今までで得たものを少しずつ形にして誰かの為に、誰かの役に立てたらと思っています。経済の中のファッションとは距離を置いたリアルで人生の一部になるような、人生や趣味をもっと楽しめるような、次から次へと新しいものを求めたり、その場限りの楽しみにならないような、芯のあるものが作れたらと、それが地球や自然環境への負荷を自分たちができる最小限に抑えられて、持続可能なものになるようにと。元々のゆがみの少ない状態の服やものってどういうものなのか。自分は今どこまでできるのか。自問自答です。

今日は地元の祭りでした。地元の子供たちがみんな元気で元気で、楽しそうに神輿担いでて、そういうことかなと、エゴって最終いらないものなのかなぁと、誰のために生きるのか、自分を本当に満足させられたら、溢れる分が出てきたら、それを全部誰かの為に使うのがいいなと。他者への奉仕って、心からの奉仕って、自分が満たされた人じゃないと、本当に心からの奉仕ってできないんじゃないかなと、満ち溢れた分をお裾分けするのが奉仕なんじゃないかなと、気持ちもモノも時間もなにもかも。そういう意味で、僕は服やモノを自分なりに本当に充分なほど満足してこれたから、これからは器から溢れた分を誰かの為にって思っています。

昔、誰かが限界を超えたその先を”~の向こう側”って表現していて。確かにそれあるなって思って、僕の場合は仕事上で”服の向こう側”っていうのです。あると思うんです。これに限ってはもう自分で自分のことしか分からないので、皆それぞれかなって思うんですけど、僕はしっかりと向こう側を見てしまったというか、もっと前に見ようとすると見えたのに見ようとしなかったというのが本当のところなのかなと。”行ききる”なのか、そこはすごい静寂の中心は穏やかで、冷静で、渦中にいなくて遠く斜め上から眺めているような、”服って何?”って。かっこ良かったらなんだってOKなの?どんな生産背景で環境でどんなもの使って作って地球汚してゴミ出してしてもOKなの?経済が循環してお金が回ればOKなの?ノリじゃなくて本当にその服好き?服そのものじゃなくて、誰かから知らずに植え付けられたイメージを着ていない?雑誌見た?洗脳って聞くと引く?購買誘導くらいかな?とかいろいろ(笑) 誰が何を着ていようが持っていようがどうでも良くて、どんなに良いもの持っていてもビビらない代わりに、何にも持っていない人がいるとビビりまくるみたいな(笑)悟ってますな、って思って(笑)参りましたです。

話ちょっとそれちゃって申し訳ございませんですが、最近メーカーの豪快な手のひら返しにもビビります。今まで当たり前のように自分たちが商品に使っていたものを(添加してたもの)を、”この商品には当然不使用なので安全ですよ”みたいな、アレは豪快すぎて目と耳疑いました(笑)豪快です。もうかなりシフトしてきているので、メーカーもそのシフトに合わせないと売れくなってくる焦りもあると思うんですけど、豪快すぎですよね(笑)

そんなこんなで、その前に早く作業場を完成させろという話なんですが、、この3連休は祭りで全部パーでございます。この前2×4とボードでカウンター作ったのであとは簡単な棚くらいで終了です。すごくシンプルで軽い感じです。あ、電気ももうすぐみたいです。